プロアドベンチャーレーサー田中陽希 台湾百岳ひと筆書きへの挑戦(前編)
2026.10.30 読みもの
2026年11月。田中陽希さんによる新たな挑戦「台湾百岳ひと筆書き」がスタートしました。2014年に始まった日本百名山ひと筆書きから、二百名山、三百名山と、日本の山々301座の踏破を経て、はや5年。いまなお過酷な環境に挑もうとしている陽希さんにとって、「炎」とは何か。そして、「未開を、愛する」とは何か。出発前、準備を進めていた陽希さんのもとを訪ね、話を聞きました。
突然の電話から生まれた今日までの縁
13年前のある日。新富士バーナーのオフィスに1本の電話が入りました。電話をかけてきたのは、日本百名山ひと筆書きの準備の真っ最中だった田中陽希さんご本人。私たちはこの電話をきっかけに、陽希さんを深く知っていくことになります。
電話を受けた広報担当者は、当時のことを今も鮮明に覚えています。
「移動途中なのか、歩きながら話している様子が受話器越しに伝わってきました。ですが、片手間な印象など一切受けず、とても丁寧な口調で、アドベンチャーレーサーであること、人力のみで日本百名山に挑もうとしていること、そして、その挑戦に必要なガスボンベやバーナーについて教えてほしいことなど、こちらが知りたい要素をわかりやすく伝えてくれました」
陽希さんもまた、そのときのことをこう振り返ります。
「日本百名山ひと筆書きのスタートまで1年を切っていて、さまざまな準備に追われている時期でした。そんななかで、新富士バーナーさんにコンタクトを取らせていただいた理由は、自分自身がSOTO製品のひとつ、マイクロレギュレーターストーブのユーザーで、その使いやすさに惚れ込んでいたからなんです」

大学卒業後に、アドベンチャーレースを始めた頃。陽希さんはアウトドアショップでSOTOのマイクロレギュレーターストーブ(SOD-300S)と出会いました。いったい、どんなところに惹かれたのでしょうか。
「まずは軽さです。今までさまざまなシングルバーナーに触れてきましたが、手に取った瞬間にその軽さを実感しました。それに加えて、コンパクトな設計で収納しやすいところも気に入っていました。当時の私にとって、日本百名山ひと筆書きは未知の挑戦でしたから、使い慣れたSOTO製品で挑みたい気持ちが強くありました」
多忙を極める日々のなか、直接連絡を取り、熱意を伝えてくれた陽希さん。そんな強い意志と覚悟に共感した私たちは、できうる限りのサポートを約束。こうして、両者の関係がスタートしました。
2種類のシングルバーナーで日本の山々を巡る旅


車や電車などの動力を一切使わず、自らの足やシーカヤックなど人力のみで、山から山へとつないでいく旅。それが「ひと筆書き」です。総移動距離約7,800km、208日と11時間に及んだ日本百名山ひと筆書きは、陽希さんの名前を世に広めた挑戦でした。この旅では、SOTOのレギュレーターストーブ(ST-310)とウインドマスター(SOD-310)、2種類のシングルバーナーが使用されました。
日本百名山ひと筆書きは、春に鹿児島県屋久島の宮之浦岳をスタートし、北海道利尻島の利尻岳を目指す旅。この長大なルートを前に、季節や気温などさまざまな環境に合わせて最適なバーナーを検討するなかで、CB缶とOD缶を使い分ける発想に行き着きました。
「山に持ち込むガスボンベはOD缶だと決め込んでいた自分からは生まれない、新富士バーナーさんならではのアイデアでした。たしかに西日本エリアは国道沿いを歩くことが多く、お店に立ち寄りやすいルートだったんです。万が一ガスが不足した場合でも、CB缶なら入手しやすいなどの利点をご説明いただき、旅の序盤はCB缶対応のレギュレーターストーブを使うことに決めました」
あわせて、東海圏に入って南アルプスの山岳縦走が本格的に始まるタイミングからは、OD缶対応のウインドマスターに切り替えることが決まりました。ガスボンベ1本の燃焼時間をもとに、縦走期間に必要な本数を割り出すなど、陽希さんの挑戦に直結する課題や不安要素をともに解決していきました。

挑戦を終えた陽希さんは、感謝を伝えるために新富士バーナーを訪ねてくれました。
「オフィスを訪れたとき、皆さんに大歓迎していただけたことは今でも忘れられません。あのときにいただいた手作りパネルも自宅で大切に保管しています」
日本百名山を踏破した陽希さん。しかし、余韻に浸ることなく、翌年には「日本二百名山ひと筆書き」をスタートさせます。総移動距離約8,000km、222日をかけて、百名山に含まれていない次なる100座に登る旅も見事に成功。2年連続、人力のみで日本の山々をつないだその勇姿に、感動を覚えた方も多いはずです。
1310日間。三百名山で灯した新たな炎
2つの旅を終えたあと、陽希さんにはこんな思いが湧き上がっていました。
「これまでの旅はピークハントが目的でした。速く駆け抜けてきたゆえに、土地ごとの風土や景色、山々の姿が心から抜け落ちていることに気づいたんです。だからこそ、今までとは違う気持ちで、同じ山に再び挑む必要があると感じました」

2018年1月1日。陽希さんは、「日本三百名山ひと筆書き」をスタートしました。これまで登ってきた200座に101座を加えた計301座をすべてつなぎ直す旅。もちろん、山や海を人力のみで進むというルールはそのままです。
総移動距離10,000km以上。三百名山の挑戦は3年7か月にも及びました。「ちょっと時間がかかり過ぎましたね」と、陽希さんは笑います。それもそのはず。コロナ禍の影響もありましたが、最初から天候が安定した日を選んで登ると決め、梅雨明けを待つために3週間ほど同じ場所にとどまることもあったのです。
「3週間もあれば、どれだけ先に進めることか。今までなら到底考えられない過ごし方をしました。ですが、それが良かった。同じ山が相手でも、向き合い方次第で見える景色が変わるということに気づけたんです」

変わったのは目に映る景色だけではありませんでした。三百名山では、炎の役割にも変化が表れたと陽希さんは話します。
「百名山と二百名山では、炎を食事以外に使う場面はほとんどありませんでした。それに対して三百名山では、コーヒーを飲むためにお湯を沸かす機会が圧倒的に増えたんです。目的や時間の使い方が変わることで、炎との付き合い方も変わるのだと改めて実感できました」
生きるために必要な食事を温めるための炎と、心を温めるための炎──。陽希さんの旅の記憶には、同じ炎から生まれた2つの温もりが刻まれています。
台湾百岳ひと筆書きに向けて
日本百名山、二百名山、三百名山への挑戦を経て、陽希さんが次に向かうのは、日本とは異なる山岳環境です。標高3,000mを超える高峰が連なる台湾の山々を、人力のみで1本の線につないでいくプロジェクト「台湾百岳ひと筆書き」。これまでの経験を生かしながらも、未知のフィールドに合わせた準備が必要になると陽希さんは言います。
「台湾にはこの2年間で4、5回通いました。それでも手に入った山の情報はわずかです。なにせ、『この山に行った人がいる』という情報があるだけでも、ありがたいくらいですから」
日本では登山道や山小屋、水場などの情報を事前に調べて行動計画に反映できます。一方、台湾では得られる情報が限られているため、現地で状況を確かめながら判断しなければならない場面が多々あるそうです。なかでも重要なのが、水の確保です。
「台湾百岳では、自力で水をつくることを念頭に置いています。山小屋の雨水タンクは直前の降雨量によって水が残っていないこともありますし、沢の水も時期によって枯れてしまうので、水たまりなどから水を確保し、濾過や煮沸を行わなければなりません」
現段階での計画では、山小屋で過ごす夜に使用する分として約5リットル、翌日の行動中に携帯する分として約3リットルの水を、現地で確保する必要があります。高所では、頭痛などの体調不良を防ぐためにも、十分な水分補給が欠かせません。水を確保し、安全に飲める状態にするまでの一連の作業を繰り返すなか、重要な役割を担うのが炎です。そのため、陽希さんは道具選びの基準も大きく変わったと言います。
「これまでの旅では、いかに軽量な道具であるかを重視してきました。しかし、台湾百岳では、短時間でいかに多くのお湯が沸かせるかが課題になります。道具が多少重くなったとしても、ガスの消費をできる限り抑え、山に持ち込むガスボンベの量を減らせないか。そうした、より良い選択肢について、新富士バーナーさんと話し合いながら準備を進めてきました」
今回の挑戦に向けて、私たちは陽希さんがこれまで台湾で重ねてきた経験をもとに、限られた燃料で効率よくお湯を沸かせる装備の検証を進めました。

台湾百岳で使用するシングルバーナーは、トレックマスター(ST-331)をベースに、五徳部分を通常よりも20ミリ短くしたものです。氷点下の環境でもガスを無駄なく使い切ることができる液出し式のストーブを選ぶことで携行するガスボンベの本数を減らし、五徳を短くすることでストーブ本体を37g軽量化しています。クッカーには、陽希さん自身の試行結果を踏まえて平底タイプを採用。さらに、SOTOとして新たな試みとなるヒートエクスチェンジャーを取り入れ、炎の熱を無駄なくお湯に伝える構造を検証しています。
ガスボンベには、収納性に優れ、OD缶と同等クラスのガス配合を実現したCB TOUGH 220(ST-712)を用意しました。低温環境での使用も想定しています。
「厳格な試験を重ねて具体的な数値を算出してくれる新富士バーナーさんが旅のパートナーだからこそ、台湾百岳という新たな挑戦に集中することができます。10年以上かけて積み重ねてきた信頼関係はもちろん、自分以上に本気で挑戦してくださる心意気には感謝しかありません」
未開を、愛する
SOTOのコンセプトは「未開を、愛する」。インタビューの最後に、未知の領域に挑み続ける陽希さんにとって、未開とはどういう存在なのか尋ねてみました。
「台湾百岳は、台湾に住む方にとって日常かもしれません。けれど、日本人の私が異国の地に挑むことで、それは未開ということになります。以前、写真家の石川直樹さんとお会いした際、こんな話になったんです。『人類学的に捉えれば未開の地はすでに地上には存在しない。けれど、いち個人として捉えれば未開は尽きない』と。まさにそうだなと思います。人生において、明日何が起こるかなんて誰にもわかりません。そう考えると、人は常に未開を探究し続けているとも言えるのではないでしょうか」

陽希さんが未開に挑み続ける理由。それは、人間にどれほどの力が備わっているのかを、自らの体を通じて確かめることにあります。
「私自身、アドベンチャーレースで自然の中に身を投じるたびに、人間はちっぽけで弱い生き物であることを痛感してきました。一方で、今よりも文明が乏しかった時代に、たくましく生きていた人々がいました。人間には本来、もっと大きな力が備わっているはずなのに、いつしか自分に暗示をかけてやらなくなってしまっただけなのではないか。テクノロジーが著しく進化する今の時代だからこそ、自らの力で挑戦することに意味があるのだと考えています」
まだ見ぬ環境に身を置くことで、自分の限界を知り、同時にその先にある可能性を探る。陽希さんにとって未開とは、地図上に残された未知の場所だけではなく、自分自身がまだ知らない力に出会うことでもあります。
台湾百岳ひと筆書きは、まだスタートしたばかり。新たな山々で陽希さんは何に直面し、どんな発見を重ねていくのか。次回は、実際に現地での行動を始めた陽希さんに話を伺いたいと思います。
PHOTO | Mikiro Tamai
INTERVIEW&TEXT | Keisuke Honda
DIRECTOR|Kurato Yashiro (9ra10 LLC / ASOV Inc.)
SPECIAL THANKS|Kappa-Club , 人力チャレンジ応援部