自然写真家 佐藤大史 極夜プロジェクト インタビュー(後編)
2025.02.27 読みもの
過酷な環境で生き残るための道具
今回のプロジェクトではテントを張ってブルックス山脈を進むというもの。万一への備えは大切ですが、持ちすぎるのも体力を奪われてしまいます。撮影機材は削れないので、それ以外の道具をどうやって取捨選択しているのでしょうか。

「機材やテント類、食料をソリに載せて撮影場所までの6〜7kmを歩き、ソリを引けない場所は持ち上げます。正確に計測してはいませんがソリ上には60kgほど、背負うザックは15キロ程度だったと思います。
持ち物の選考基準はサバイブするための道具が第一。体温を奪われないようにするモノです。なんといっても生きて帰ることが一番です。だから撮影機材も大切なのですが、あえて言うなら2番手なんです」

「まずは着るモノ。
-40℃を想定して、インナーからジャケットまでフォックスファイヤーのもっとも暖かいモノでそろえました。
次に重要なのがバーナー。コレがないと湯を沸かすどころか雪を溶かして水を作ることも出いないため死のリスクが高まります。本当の意味でのライフセーバーです。
プロジェクトに持っていったのはMUKAストーブ。予備を含めて3台持っていきましたが、結局使ったのは1台ですみました。それほど信頼度が高い道具です。

これまでにいろいろなバーナーを使ってきましたが、ガスだと氷点下は使えなくなるリスクが大きくて。
ガソリンだと-30℃でも凍らないし※1、自分のスタイルに合うと思って本格的にアラスカを撮り始めたとき(2015年)にはMUKAストーブを持って行ってます。
燃料のガソリンはどこでも手に入るしプレヒートなし。どんなときでも火力が落ちないのが気に入っています」

「プロジェクトでは一度だけうまく機能しないときがありましたが、これは燃料ボトルを外に出しっぱなしにしていたためで、ザックの中から取りだして使う分には-30℃でもまったく問題はありませんでした。
アラスカだと少しだけ圧力を多めにかけるほうがよかったかな」

「MUKAストーブとあわせて活躍したのがチタンボトル。保温力が高いのにとにかく軽い。
チタンボトル300を8本持っていって、熱湯を詰めておけばいちいちバーナーを使わなくてもすぐにお湯を飲めるようにしました。乾燥しているから水分補給は欠かせませんから。
翌朝はボトルに残った湯を鍋に移し、そこに雪を足して湯を補充。まとめて湯を沸かせるし、燃料節約にも繋がっています」

空いた時間の楽しみは…
タイムラプス撮影中、2時間おきのチェックの合間に何をしたのか気になるところ。


「真面目な動画だけでは興味をもってもらえないかも。そう考えて、3人それぞれ、ユニークで寒さがわかる動画に挑戦しています。
僕は箸で素麺をすくって5分ほど放置し、食品サンプルみたいに凍らせて。
ほかにも髪を濡らしてどのくらい放置したら固まるのかとか、凍った生卵で目玉焼きを作るとか。石川くんは凍ったバナナでペグを打ってました」

「遠くに行くことはできないので雪の結晶を撮るとか…おもに記録ですね。
足もとの雪が飛ばされた場所には秋の草が残っていて、水分が抜けて乾燥しているんですが、おそらく春になるとまた草がモリモリと茂るんだろう…そんなことを思い浮かべながら記録を取っていました。そういえばプロジェクト中、1時間だけ風が止んだことがあってそのときはみんなでテントの外に出て散歩しました。オーロラを見るよりもレアな経験。それくらいかな。
だから食べることはアラスカでは大きな楽しみでもあります」

「ホテルで簡単に下ごしらえをしたものを、凍りつかないようクーラーボックスへ入れて持っていきます。そこまでしても結局凍ってしまうので解凍は欠かせません。
そういえばあらゆるものが凍りつくのに、ペラペラのティッシュペーパーはしなやかなまま。スゴイよねって言い合ったことを覚えています」
夏は別の意味で過酷

太陽が昇らない極寒のアラスカ。人が暮らすのも困難なこの地で野生動物と出会うことはあるのでしょうか。
「基本的に冬のアラスカの北極圏で動物とあう確率は非常に低く、動物対策はほぼ必要ありません。でも、夏は別。クマ対策が必要となります。
アラスカのクマはツキノワグマに比べて体重が5倍。なかには8倍になるものもいてデカい。
テントの周りに電柵を張って、食品はもちろん、ガソリンや歯ブラシなど匂いがするモノをすべて密閉できるクマ対策コンテナに入れます。このクマ対策コンテナをテントから100m離れたところに置くのがルールです。もちろんテント内での食事はもってのほか。
2週間ほどフィールドに入る場合は、何をどれくらい食べるか、燃料をどれくらい使うかを計算しながらコンテナに詰めるわけで、ひとつのコンテナで足りない場合は、別のコンテナを用意してあらかじめ途中の場所に一時保管するなんてこともあります」
テントは電柵で囲まれていて安全に眠れそうですが、行動時はどうしているのでしょう?
「基本的に無防備な状態ですが、クマが落ち着いていれば危険はありません。人間が近づくのは絶対駄目で、クマの進む先でジッとクマが横を通り過ぎるの待ちます。2mくらいの距離でクマと接近することもありました。
気をつけなくてはいけないのが風が強いとき。においがわからず出会い頭になりやすく、互いに怖いシチュエーションですから」
この空と海はアラスカと繋がっている

アラスカの手つかずの自然をモチーフとしている佐藤さんは、今後、どのような撮影を予定しているのでしょうか。
「アラスカは日本の4倍以上の面積でまだまだ行ってない場所がいっぱい。ネイティブの文化もおもしろく、民俗学の先生も注目しているようです。近い目標では砂丘とオーロラでしょうか。
アラスカ北部の北極圏はツンドラ(永久凍土)が広がっていますが、ツンドラの中に砂丘がどんどん広がっているんです。アラスカに砂丘?と驚くかもしれませんが、2万年前の氷河や強風、地形やメタンガスなどに起因しているようです。不思議の詰まった巨大な砂丘でいつかオーロラを撮ろうと考えています。
あとはクマの出産。冬眠中に巣穴で出産するのでかなり難しいけれども、チャレンジしたいことのひとつ。
写真を通して”みんな同じ地球に属しているんだ”ということを感じてもらえればうれしいですね」

手つかずの自然が残る大地にも開発の手は忍び寄っていますが、それでも変わらない自然、たくましく生き続ける命があります。
私たちが見上げた空、そして海の向こうには佐藤さんが見たアラスカの大自然が広がっている…そう思うとなんだかワクワクして一歩外に出たくなるのでは。
そんな不思議な力を授けてくれるプロジェクト動画はYouTubeで公開中。6月には写真集が発売されるとのこと。楽しみに待ちたいですね。
※1:MUKAストーブ、ストームブレイカーのご使用環境は、外気温マイナス20度以上を推奨しております。外気温がマイナス20度を下回ると、寒さによるゴムパーツ(パッキン)の収縮から、ガソリンボトル加圧の際のポンスカ(圧力がかけられない)現象やガソリン漏れなどの不具合が起こります。
今回のプロジェクトではゴムパーツが収縮しないように、ストーブ本体やポンプを人肌で温めておくなどの対策や予備機を携行するなどしていただいて、最善の注意を払っていただいております。
クラウドファンディング
極夜アラスカで地球2周分のタイムラプスを撮り、地球をあらためて感じてもらいたい!
クラウドファンディング限定のシリアルナンバーを入れたサイン入り作品集「北の光景」100部限定 Limited editionなどリターン多数。
プロジェクトメンバーのインスタグラムアカウント
写真家 佐藤大史 Instagram
動画・編集:石川貴大 Instagram
山と旅のイラストレーター やまとけいこ Instagram
【光のない世界を撮る】アラスカ極夜撮影プロジェクト
YouTube 山と溪谷ch.にて公開中。プランBの後のDエリアまでのドキュメンタリー
全編は2025年春頃にて公開予定
佐藤大史氏のInstagramでアナウンスされます。
2月28日(金)15:30〜
VidendumブースにてGuest Speakerとして登壇
https://www.manfrotto.com/jp-ja/cp-plus-2025/